■ベイトフィッシュの視覚とルアーの関係
疑似餌は日本古来からある漁師が魚を捕るための仕掛けですが、最近では欧米で生まれたルアーフィッシングのルアー(LURE) の日本語訳としての疑似餌の方が定着しています。ルアーという言葉には、誘うとか惑わすという意味がありますが、疑似餌はその字の如くで、ベイトフィッシュに似た形をし、しかもナチュラルに泳ぎます。
もちろん疑似餌の出来の良しあしもありますし、ルアーを選ぶ際の基準になるベイトフィッシュの選定が間違っていても良い釣果は望めません。アングラーは良い疑似餌を選ぶとともに、その時期、対象魚が何を食べているかを知らなければならないのです。
■まずはベイトフィッシュを知る
良いルアーを選び出すための最大のポイントは、その時期、その魚が捕食しているもの-つまりベイトフィッシュを知ることです。一番良い方法は、その魚の胃袋を開いてみて、どんな魚を食べているかを調べることです。それによってルアーの大きさやルアーヘッドの素材などを選び出すのです。ベイトフィッシュとは、主にイワシ類、アジ、サバ、その他対象魚となる魚たちの稚魚などが含まれます。ベイトフィッシュの多くが生息する場所は、潮目の流れ藻の中などです。潮目ではプランクトンが湧き、それを稚魚たちが食べ、またより大きな魚がその稚魚を食べるといった食物連鎖がおこるのです。
大阪に「海遊館」という水族館があります。ここには黒潮に生息する回遊魚などが飼育されていて、私はその水槽の下の方から水面を見上げて、何時間も座っていたことがあります。水槽にはサバやアジ、ムロアジ、カツオやメジ(ヨコワ)が小さな群れをつくって遊泳しています。そこでそれらをカジキやマグロ類などのビッグゲーム用のルアーに想定してみました。水槽の中はグレー(灰色)が基調の世界で、サバやアジの黄色の尾が目につく程度でほかにカラフルな色は見当たりません。魚の体はほとんど2色です。背のほうが青く、腹のほうはシルバーとか白です。これは、鳥が上から海面を見たときには海の色に近く、大きな魚が下から海面を見上げたときにはきらきらした海面の色に近い、いわゆる天敵から身を守るために保護色になっているわけです。私達はルアーに使用するタコベイトやイカベイトの色の選定で迷うことがありますが、黒潮のブルーの世界でも水族館と同様に色は吸収されてしまいますので、2色の濃淡のシルエットがはっきりしていれば、その人の好みでどんな色でもかまわないと思います。
以前、鹿児島大学の川村軍蔵先生が「月刊海洋」という学術誌に「シロカジキ、クロカジキ、キハダ、カツオ、カマス、サワラ、マスの網膜を調べた結果、色盲である」と発表されています。そしてその中には釣り餌の重要な誘引要因は餌の動きであって、色や形ではないと思われるとも書いてあります。
■季節によって変わるルアー
ルアーの種類はライトトローリングにおいては、写真のようにルアーヘッドとタコベイト(スカート)(A)からなるいわゆるルアーと、プラスチックや貝、 動物の角などを使用し、引くと回転するように作られたツノ類、テンテン、弓ヅノ(B)といったものがあります。
そのほかにはメジを専門に釣るためのシャビキ(C)といった漁業者がよく使用するルアーや、キャスティング用のポッパーやペンシルポッパー(D)なども結構有効なときがあります。
とくに小さなルアーとして、鳥の毛なども使った全長で3センチぐらいのフェザージグ(E)があります。
ルアーの大きさは多少差があってもヒットしますが、ヒット率を高めるためにはやはりその時、その場所で捕食されているベイトフィッシュの大きさに合わせることです。1本魚をランディング(取り込む)したら、腹を割って捕食しているものを調べるのも良い方法です。
本州の太平洋沿岸40~50マイルの沿岸にかけては、1月から3月ごろ、黒潮がいまだ18度前後の頃、10キロ前後のビンチョーマグロ (トンボシビ)が同じ大きさの種ガツオといわれる本ガツオとともにやって来ます。基本的なルアーの大きさは、この頃は15~18センチのイワシなどを捕食しているため、5.5号から6号のタコベイトを使います。ヘッドは直径が16ミリから18ミリくらい、長さは3センチくらいのもので素は、白蝶貝やアワビ類、動物の角などが使われます。タコベイトの5.5号は全長5.5寸(約16センチ)、6号は6寸(約18センチ)を目安にしていただければよいでしょう。
この頃は西高東低の気圧配置が多く、季節風も強く、我々プレジャーボートは、沖へ出ていくことができません。春一番が吹き、春二番も終わり、天候が安定してくる3月以降が本番ということになります。
3月、4月になると黒潮の水温も19度台と上昇してきます。カツオもこの時期になると沿岸に近づき、捕食する魚も10~13センチくらいのイワシやキビナゴになり、ルアーもタコベイトが3.5号から4.5号、ヘッドの大きさは直径6ミリから8ミリ、長さ15ミリ程度、全長は12センチくらいのものになります。この時期にカツオを狙う場合には、ヘッドの素材はイワシやキビナゴの腹の光に近い、白蝶貝が一番良いでしょう。水温も20度を超え、5月のゴールデンウィークも終わりますと、カツオは沿岸で孵化したシラス(稚魚)を捕食しだします。こうなると今までのルアーの大きさを、2.5号から2号に小さくするとヒットします。
4月、5月は大阪湾や瀬戸内海などの内海では、12センチぐらいのテンテンや弓ヅノを使って、産卵のために入ってくる1メートル前後の春のサワラを釣ります。6月以降は、黒潮の水温もどんどん上がってきます。23度ぐらいになりますと、梅雨シイラといわれる大型で産卵のために子持ちのシイラが出てきます。クロカワカジキもやって来ます。対象魚が大きくなるためルアーも8号くらいのタコベイト、ヘッドは20ミリ以上のものになります。
9月になると28度から30度まで上がった黒潮の水温も徐々に下がってきます。25度くらいからカジキの姿も見えなくなり、21度に近づくにつれて、もどリガツオがやって来ます。この頃はルアーは3~3.5号で良いでしょう。20度以下になると、メジマグロのシーズンですが、ルアーはカツオと同じくらいの大きさでよいでしょう。同じ頃、ハマチやメジロ(ワラサ)なども釣れだします。朝マヅメはヒコーキなどの補助具を使って水面でもヒットしますが、日中は、テンテンや弓ヅノを使って水深20メートル以内の沿岸の深い所を引きます。これは朝夕のマヅメ時には植物性プランクトンが水面に浮いてきて、それを動物性プランクトン、小魚、さらにそれらを捕食しにハマチやメジロなどが水面に上がってくるためです。
■ベイトフィッシュの動きとルアーの関係
そこでベイトフィッシュの動きですが、水中では頭は動かさずに尻尾を左右に振ることで推進力を得ています。これをルアーに置き換えると、砲弾のような形のパレットタイプ(F)や、ルアーヘッドに数本のパイプが縦に通っていて、曳くと水流が起こるジェットタイプ、ルアーヘッドがドアのノブのように急に細くくびれているドアノブタイプ(G)、イカベイトにルアーヘッドを付けずにそのままの形で中オモリを入れたもの(H)などが尾を左右に振るか、もしくは尾だけが広がったり閉じたりして泳ぐタイプのルアーです。
しかし、ルアーを曳く船速が7ノット以上になりますと、その尻尾の動きもだんだんとなくなってきます。これらのタイプのルアーを使うときは、ルアーを沈めてマグロ類を釣りたいときや、波が高くなってヒコーキやルアーが正確に動かなくなったときなどに有効です。
次にベイトフィッシュが水面に出て来るときですが、こんなときは天敵に追われて水面を逃げ惑っているか、餌を捕食しているときだけです。水面でのベイトフィッシュは、尻尾だけでなく頭も左右に振ります。こんなときは水面でアクションを起こすルアーが出番なのです。ルアーヘッド先端の断面がスパッと平らに斜めにカットされているストレートカットタイプ(I)、同じくルアーヘッドの先端の断面がスパッと平らにフラットにカットされているストレートカットタイプ、ルアーヘッドの先端の断面が縦方向にえぐれているコナカットタイプ、軽目のパレットタイプ、ルアーヘッドが平べったくなっている平形タイプ(J)などで、数秒から、20秒くらいに一度水面に顔を出すものを使います。
私はビッグゲームでは必ずヒコーキを使います。それも少し大き目のアピールの強いものです。左右に曳いたヒコーキの水飛沫に遠からず近からず、4本もしくは5本のルアーが一つの魚群(ナブラ)を形成するように曳きます。
また、ライトトローリングにおいてのルアーヘッドの形は、ベイトフィッシュが3センチくらいから12センチくらいの小さいものを表現するわけですから、さほど大きな動きは必要ありません。
ときどき水面を浮き沈みする程度で、形も砲弾型で十分です。むしろタコベイトのスカート部でのフック(針)の位置のほうが重要で、スカート部の中ほどから3分の2くらいまでの位置にフックがくるようにセットします。スカートをフックから後に2~3センチ残すことによって、小魚の尻尾の微妙な動きが表現できるのです。
テンテンや弓ヅノは、そのルアー自身が回転しなくてはいけない性質のものですから、トローリングスピードやラインがねじれない接続方法などに注意しましょう。
■ルアーのアクションを左右する5つのポイント
ルアーの動きからいうと、ストレートカットタイプではヘッドの重量とカットの角度が合わないと良いアクションが得られません。そしてさらに、船速が深く関わります。
まず自分の持っているルアーに合った船速を決めます。例えばヒコーキを使う場合、一番水飛沫の上がる7から8ノットくらいに設定すると、ルアーヘッドの重量が60グラム前後の軽いものであれば80~90度くらいのカットで、また200グラムくらいの重いルアーヘッドの場合は60度から70度くらいで良いアクションが得られます(イラスト参照)。
船速は、ルアーにとってベストの状態から遅くなっても速くなっても1ノット以上の差があると、ルアーの動きは悪くなります。あとはルアーを曳くポジションによって調整します。
例えば、ルアーヘッドに重量があってカットの角度がゆるい(より90度に近い)ために水面にあまり出てこないものは、アウトリガーのショートなどの高いところから曳けばアクションが出てきます。反対にヘッドの重量は軽いのにカット面が鋭いために水面を滑るばかりで潜らないものは、ストレートで曳いたりヒコーキの後や、中に10グラムくらいのオモリを入れたりして調整します。
またトローリング全般にいえることですが、波が高くなったときはヒコーキなどの補助具ははずして、少し大き目のルアーに替えます。
ルアーのアクションを左右する要素には、ルアーの形状とウェイト、それを曳く船速やポジション、そしてそのときの海況といったことが挙げられます。
いずれにせよルアーを購入するときは、そのルアー製作者の意図を十分推察し、自分が曳く船速と考え併せながら選ばなければいけません。
■ルアーヘッドの素材によるベストなシチュエーション
ルアーヘッドの芯材には貝やフィルム(ホログラムシートなど)を使い、クリアなポリエステル樹脂やエポキシ樹脂などで固めた通称レジンヘッドと呼ばれるものと、海松(深海松といわれるサンゴの一種)や貝類、動物の角、牙類を加工した天然ものと大きく分けて2種類あります。
天然ヘッドは水に漬けると変化して光り出すものが多く、臭いも関係していると考えられています。川村先生の学説にも「カジキ類の臭覚と聴覚は犬なみである」といわれています。
天然素材(貝を使用したレジンヘッドも含む)は、その素材に合った天候、時間帯、水色などがあります。これは太陽の光の量と水色などに関係しています。
晴天の日(太陽の光の量がもっとも多い日)は白蝶貝、夜光貝、海松、角類などが多用されます。曇りの日(太陽の光が少ない日)は白喋貝、夜光貝、メキシコアワビ等のアワビ類が良いといわれています。朝、夕の太陽の位置が低く海中に光があまり入らないときはメキシコアワビや海松などダークな色が良いといわれています。 澄み潮の時は白蝶貝、夜光貝、海松、角類が良く、濁り潮のときは夜光貝、メキシコアワビ等が良いといわれています。
■マッチ・ザ・ベイト?
ルアーを使うに当たっては、色や大きさなど、極力その時その時に対象魚が捕食しているベイトフィッシュに合わせて選びます。
これを「マッチ・ザ・ベイト」と呼びます。 しかし、時には自分の体の半分もあるようなベイトフィッシュに果敢にアタックすることもありますし、小さなルアーにカジキがヒットしたなんてこともあります。
もともと魚の気持ちが分からない人間が勝手に考えているわけですから、対象魚にとって、本当にそのルアーがベイトフィッシュに似ているかどうか、答えを出すことはできません。
ただ、明らかに釣果に影響することは確かですし、いろいろと考えて自分なりの理論を構築することも、釣りの楽しみの一つだと思います。
■トローリングにおいてもっとも必要なもの
最後に、トローリングにおいてもっとも大切な要素をお話しして終わりたいと思います。
トローリングにおいてもっとも大切なこと。それは考えることと経験です。 当たり前ですが、トローリングはただルアーを流せばいいというわけではありません。
なぜこの場所で流すのか、なぜこのルアーを使うのか、なぜこの船速なのか、なぜルアーをこの組み合わせにしたのか、それぞれには理由があるはずですし、その蓄積があなたの理論になるわけです。そしてそれは数々の経験によって生まれるものなのです。